住んでるところの今昔航空写真
最近新しいダイエットを始めました、内容は内緒です。っていうかまだ効果が出てないどころかマイナス(つまり増えているありさま)なので結果が出るのか不安・・・。
ところで、前から入手してたんだけど自分の住んでいるところの昔の航空写真があるので現在のGoogle Mapのものと比較してみます。
◆まずは現在の自宅(調布市柴崎)
昭和38年の写真です、私の住んでいるマンションはつつじヶ丘ハイムの下(南)で、ハイムからうちのマンションのあたりは、日本針布って会社の工場が戦前から建っていて、この会社は「風船爆弾」の材料を作っていたらしいです。
風船爆弾(ふうせんばくだん)とは、太平洋戦争(大東亜戦争)において日本陸軍が秘密裡に開発した気球に爆弾を搭載した兵器である。陸軍少佐であった近藤至誠が、デパートのアドバルーンを見て「風船爆弾」での空挺作戦への利用を思いつき、軍に提案をしたが採用されなかったので、軍籍を離れ、自ら研究を進めた。その後、近藤は病死するが研究は進められ、神奈川県の陸軍登戸研究所で開発されている。 「ふ号兵器」という秘匿名称で呼ばれていた。戦果こそ僅少であったものの、ほぼ無誘導で、第二次世界大戦で用いられた兵器の到達距離としては最長であり、史上初めて大陸間を跨いで使用された兵器となった[1]。なお、「風船爆弾」は主に戦後の用語で、当時の本来の呼称は「気球爆弾」であった。
(風船爆弾:Wikipedia)
これが現在、比べると畑がなくなって高層住宅が増えています。大きな区画整理はサれていないので道は昔のまんまです。
◆もういっこ行きます、千葉の実家(千葉市稲毛区宮野木)
これは昭和48年頃、僕が親と千葉に引っ越した頃。中央辺りの家は京成が企画した建売住宅で、この時代に開発~売りだされたのです。左下に見える高速道路が京葉道路で写ってないけど先に「宮野木ジャンクション」があります。中央ちょっと上プールが写っているのが、宮野木小学校で僕が小4~卒業まで在校していました。小学校の先あたりは窪んだ田んぼや林があってまだ開発されていません。田んぼでおふくろと野草を摘んだ思い出がありますから。学校の敷地も周りは林や崖で秘密基地を作るのに最適な環境でした(最後はすべて見つかってしまったけど)。
はい、そして現在。公園などで緑地は残っているものの見事に宅地化されています。学校の校庭もスクエアに整備されゆるい管理ではなくなってしまいました。窪んだ田んぼは全部埋め立てて新しいお家が建ってます。地盤は大丈夫なのかと心配したんだけど311では全く問題なかったようです。
というお話でした。
Martes,veintiocho de enero 2014
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